「正」という字

「正」という字は、「一に止る」と書きます。この「一」は人間の膝がしらを示します。「正」の字は、本来  膝がしらと、 ふくらはぎと、 足あとを合わせた形を表しているとされています。この形から ⇒ 正 足 疋 膝から下の「真直ぐで曲らない部分」の意から「ただしい」「ただす」となったとされています。2本の足で歩く人間。膝がしらで屈折して両足が交互に動いて歩く。「歩」という字は左と右のあしあとが上と下に並ぶ形で、前足に後足がついてゆく相対の活動が所謂歩くとなっています。このように、人間の歩行は膝がしら「一」が基準となると示しています。人類の歩行の為の一基準も、人間が創り出したものでなく自然(じねん)の法則に基くハタラキであり、生命維持の活動に一番大事な相対の活動の呼吸というハタラキも亦然り、です。このように観て来ると、私は私達の先祖が自然のハタラキを最も畏敬して生活の基本の知恵として来た事を漢字の生い立ちから感じるようになりました。正、邪、善、悪という言葉があります。正と邪(不正)は、認識の対象である真理の判断の基準であって、一方善と悪は、価値の判断の基準であるという説もあります。人間は幸せを求めて生きて行くといわれますが、物事を正しく認識しないと不幸な目にあう事は誰でも体験する事だと思われます。人間は、自分自身でしか生きられませんが、まわり(環境)なくしても生きられません。ひとりという個人と複数の人々、即ち個人と社会があります。個人とその属する国家があります。そして国家には国民生活の基準、よりどころとしての憲法があります。-次回は「2つの憲法の体験」-  

2017年01月11日