二つの憲法の体験

「私は日本人として20才迄(第二次大戦の日本敗戦の年)は、欽定憲法である大日本帝国憲法の下で、そしてその後は改正された現日本国憲法の下で、現在迄生きてきました。 同じ一人の日本国国民として二つの憲法の下で生きてきたという事は、いうまでもなく憲法は治世主権者によって変わるという事実を体験したのです。憲法とは、国家の統治体制の基礎を定める根本法です。形式により成文憲法と不文憲法、制定者により欽定憲法と民定憲法そして協定憲法、条約憲法などに分類されています。尚、近代的成文憲法は1776年のアメリカのバージニア州憲法に始まり、基本的人権の保障と民主的な統治機構を特徴としています。わが国では、明治22年2月発布された大日本帝国憲法(いわゆる明治憲法)と、第二次大戦後その全面的改正として昭和22年5月から施行されたのが現行の日本国憲法であります。旧、大日本帝国憲法は欽定憲法(君主の命によって制定する)で、19世紀のドイツ諸邦の憲法、1814年のフランス憲法等が之にあたり、議定憲法や民定憲法に対するものとされています。この大日本帝国憲法のもとでは、国民は現人神(アラヒトガミ)即ち人間の姿をした神サマである天皇陛下の子供即ち赤子(セキシ)であるとされて、神国不滅、忠君愛国、滅私奉公挺身報国、神風特攻等々の精神教育が強制的になされたのです。現在、イスラム過激派のテロが問題視されていますが、「当時の日本は一億総国民が火の玉となっての自爆集団だった」と、アメリカの友人が私に語った言葉がいまだに忘れられません。私が20才で体験した「不滅のはずの神の国の敗戦!」。そして、新憲法に変わったとたんに「天皇は神ではなく普通の人間だ!」という事実に直面した時の混乱ぶりは、その後の占領軍の統治下、そして新憲法のもとでの教育と社会環境で育った70才前の人々にはとても理解できないだろうと思われます。
-次回へー 

2017年01月11日